2015年2月17日火曜日

お知らせ3件

Sr.白幡一時帰国

 様々な事情があり、皆様へのお知らせが遅くなってしまいましたが、シエラレオネで活躍中のシスター白幡はお母様がご帰天されたので、1月に緊急帰国しました。1月14日に行われた葬儀にぎりぎり間に合い幸いでした。
 90歳を超えるご高齢でしたので、「母に何事かがあっても帰国するつもりは無かった」とのことですが、エリサ地区長の強い勧めで緊急の帰国となったそうです。当初は3週間程度の滞在予定でしたが、常夏の国から寒さ厳しい日本に戻られたためでしょうか、インフルエンザに罹ったりして体調を崩されました。
 今は元気になられましたが、再び過酷な環境のもとに戻るので、十分に体力を回復してからシエラレオネに戻るようにとのエリサ地区長のご指示で、3月下旬の帰任となったそうです。

        Sr、白幡を囲む会にて
 ともに歩む会としても、シスターの訪問などは遠慮していましたが、少しの外出なら大丈夫になったとのことでしたので、本部委員に呼び掛けて去る2月14日「シスター白幡を囲む会」を本部で行いました。急でしたが、総勢14名が集まり、有意義な一時を過ごすことができました。
 何よりも、私どもが安堵したのは、シスターが予想以上にお元気だったことです。73歳だそうですが、髪の毛に白いものはあまり見られません。「染めているんですか?」と尋ねると「いいえ、シスターはそのようなことは一切しません」とのことでした。エボラ出血熱が発生してからの現地の様子なども直接お聞きすることができました。白幡さんは車の運転ができないので貧困家庭への食糧配りはシスター吉田等に任せているとのことで、後方支援に徹しておられるようでした。シスターは、「皆さんから『大変ですね』とよく言われますが、自分は特別のことは何もしていない。シエラレオネにいるというだけで、あとはすべて、支援者の皆様のお陰です。」と繰り返し言われました。

 帰りの車の中で、エボラ孤児となったカディアツさんの様子をお聞きすると、ぽつりと「・・・エボラのために、私の幼稚園の双子の兄弟が亡くなってしまった。両親も亡くなられた。」と無念そうに言われました。65名の住民全員が亡くなった村もあるそうで、エボラ熱禍の厳しさは聞けば聞くほど、恐ろしいものに思われました。

 シスターは日本滞在期間が3月まで伸びたことを喜ぶ様子は無く、完成間近い幼稚園舎も待っている現地に早く戻りたいという気持でうずうずしておられるように見受けられました。

       Sr、白幡を囲む会に

囲む会に参加された方から寄せられたメールの一部を紹介します。
・白幡さんにお目にかかる度にお人柄や生き方に心打たれ、私も何か出来ることは精一杯やらないといけないなとの思いを新たに致します。
・シスターが楽しそうで何よりでした。私たちもとても嬉しかったです。少々無理をしても今日の会を開いていただいて良かったと思います。
・シスターがとても元気で、安心して再び送り 
 だせる気持になりました。
・シスターの笑顔はいつもと変わりませんでしたが、私たちには想像できない見えない恐怖がまだ続いているのでしょうね。


シエラレオネへのビックな支援

過日、NPO法人・愛知ボランティアセンターの久田光正理事長から突然のメールをいただきました。エボラ出血熱禍の中で食糧危機にさらされている西アフリカの子ども達のために、何かしないではおられないという気持になられたそうです。そして、久田氏も関係しておられる愛知県下の私立中学・高校に呼び掛け、入学時に保護者の費用で購入して備蓄し、卒業時に返却している非常食を、飢餓の危険性のある子ども達の命を守るために寄付をお願いして、集まった非常食をコンテナでアフリカに送ることを発願されたそうです。
 送り先をいろいろ検討している時に「ともに歩む会」のウェブサイトに出会い、この会に仲立ちしてもらうのが最適と考えられたとのことでした。早速、現地のシスター吉田に連絡すると、勿論大歓迎で、OLG学園を窓口としながらも、司教にもお願いして、カトリックのネットワークを利用して、シエラレオネ国内で最も必要とする所に配布することにしたいとの返事でした。 

 目標としては非常食1万個(市価2,000万円)で、コンテナでの輸送費(約100万円)は街頭募金等で集めるそうで、既に毎週、ボランティアの生徒達が募金活動を行っています。


  収束に向かいつつあるエボラ熱

  2月11日にWHOが発表した情報によると、 
 直近の3週間におけるエボラ熱感染者数は、
 下記の通りだそうです。

 ギニア     134
 リベリア     12
 シエラレオネ 221
 
11月21日から12月19日の約1か月間のシエ
ラレオネでの新たな感染者数2,569人でした
から、その頃に比べると明らかに感染拡大の勢
いは衰えているように思われます。
完全なる収束宣言が出されるまで、祈り続けた
いと思います。  

         Sr、白幡を囲む会の後で

                               (菅野勝治郎)

2015年1月26日月曜日

Sr.白幡、Sr.吉田からのお便り  エボラ熱 第10信

 下記の手紙はシスター白幡が12月23日に書いて郵便で送ってくださった手紙です。
 その下は、シスター吉田が1月25日にメールで送ってくれた最新情報です。2通、合わせて紹介いたします。

<シスター白幡から>
 懐かしい日本の皆さま、今年もあとわずかで終わろうとしています。
 昨年の今頃このようなひどいエボラ出血熱に侵された年になろうとは誰が想像したことでしょうか。3月に始まって以来いまだに衰えを見せない状況に、人々は恐れを感じています。
 いつもならOLGの大きな祝日には、子ども達、生徒達の喜びに満ちた歌が学校だけでなく、町中にも響き渡っている時なのです。
 シスター吉田と数人の先生たちが、特に貧しい子ども達の家庭にお米や油を配って回った時、特に遠く離れた村々の人々から喜ばれました。エボラで両親や兄弟姉妹を失い孤児になった子ども達にも援助の手がさしのべられました。

 私たちは、去年から教会に来た子ども達(クリスチャンだけでなく回教徒の子ども達も)にシールを貼ってあげましたが、12月18日には、そのシール数に応じていくつかのおもちゃをプレゼントしました。すべての先生達にはクリスマスプレゼントとしてお米1袋配りました。両親や先生達から、たくさんの感謝の手紙が届きました。
 特にエボラがルンサにも入ってきて以来、子ども達も熱心に教会に来て祈るようになりました。日曜日だけでなく、週日の朝早いミサにもたくさんの子どもや大人が教会に来ています。
 この厳しい試練の中で子ども達を元気づけるために、お肉と魚の入ったご飯を配りました。その前の日から食事を準備し、子ども達に加えて、ルンサ、周辺のエボラチェックポイントで24時間体制で働いている人々(車は夕方の5時から翌朝9時まで通行禁止で、5時を過ぎたらそこに車を止めて翌朝の9時まで車中で寝て過ごさなければなりません)にも、全部で350食くらい配って、とても喜ばれたことを皆さまにお伝えいたします。
 小学校と幼稚園の先生たちも感謝の気持ちを表すために、シスター達にたくさんのバナナ、ミカン、かさば、プラムを持って来ました。
 今年のクリスマスは、政府から夜の6時から朝の6時までは人混みを避けるため、夜中のごミサは昼の2時になりました。
 一日も早くこの厳しい試練の時期が終わって、元の様な平和が戻りますように、心から祈っています。
 クララ会のシスター全員に代わって皆様お一人ずつに心から感謝申し上げます。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。神様の祝福が豊かに有りますように。
 平和の君、イエスが地上の全ての人の心を真の平和で満たしてくださいますように。

 今日は23日です。司教代理のナタリオ神父様から緊急のお知らせがありました。エボラの患者が増えないように、24日から28日はLock Downで、誰も家から外に出ることを禁止されました。
 クリスマスの深夜ミサもなく、クリスマスの日だけ教会に集まることが許されました。
 28日から1月4日までフリータウンがLock Downされます。修練院にこの地区の全員のシスターが集まることになっていたのですが、急に取りやめになりました。大きな犠牲ですが、こうして少しでもエボラがなくなって、早くエボラ フリーの日が来ますように。
           12月23日 シスター白幡和子


<シスター吉田から>

 こちら、ルンサは、もうしばらく救急車のサイレン聞きませんが、周りの村での感染が続いています。先日も、お米配りで寄った途中の村は、3軒しかない小さな村で、1軒から6人の感染者が出て死亡したのです。
 もう一つの村は、「今日はずいぶん静かね。」
と、一緒にお米配りをしている先生と話しながら村の中へ。実はこの村では48人が死亡。私たちが寄った時は、隔離措置中で、ほとんどの家で、皆外に出ることが出来なかったのです。
 昨日の保健省のニュースでは、ルンサから車で10分くらいのところの村で、167名がエボラでなくなったと出ていました。
 この様なわけですから、村の人々の教育が緊急の課題です。

 今日は、エボラ孤児のプロジェクトのミーティング。その中でもう一つの村のエボラケースが発表されました。それは、ある村の18歳の青年がエボラで亡くなり、エボラ葬式チームがきて、規則に従って埋葬しました。ここで終われば問題はないのですが、村でも伝統を重んじるグループに属していた青年であったので、同じグループの人たちが、夜中に埋葬された遺体を掘り起し、自分たちのしきたりに従い、遺体を洗い、抱擁しお別れをしたのです。これが最悪の状態です。遺体はビールスの住まいですので、ここから2次感染!
自分たちのしきたり、今これが一番の問題です。今でもまだこのような事が行われているのです。

 ただし、状況は良い方に向かっていると思います。感染者数も10人を超える日はあまりないですし、全国的にはゼロの地区も増えています。 大統領発表では、3月の第3週か4週には学校を再開するそうですが、これは可能かどうか疑問ですが、学校再開の話が出始めたことは、とても希望が持てます。
 どうぞ実現できるよう、早い終息をお祈り下さい。
            Sr.吉田富美子 Lunsar

2015年1月12日月曜日

エボラ出血熱 第9信

シスター吉田からの最新のメールによると、シスター方は修練院のあるカイラフンからルンサに戻り、早速村々を回って食料を配る活動を再開したそうです。
    

食料を届けられて喜ぶ親子

最近は、新聞やテレビで西アフリカのエボラ出血熱のことが取り上げられることがめっきり少なくなったように思われます。「どうやら、日本に住む我々には直接影響は無さそうだ」ということで、人々の関心がすっかり薄れてしまったのでしょうか。年末に、シエラレオネに1週間程滞在して帰国された30代の男性が帰国後に発熱し、エボラに感染した疑いがあるとの報道が流れました。しかし、検査の結果、陰性だったとのことで、このニュースも直ぐに消えました。この人は、エボラ熱で亡くなった人の埋葬に立会い、遺体の入ったビニール袋に素手で触ったとの話もありました。シスター吉田に聞いてみると、現地ではエボラによる死亡者の埋葬は、今では遺族でも遠くから見守ることしかできない状況ですから、日本からの短期の旅行者がそのようなことができるとは信じ難い、とのことでした。

お正月にいただいた年賀状には「シエラレオネのことが心配で
すね」「エボラ熱の終息をお祈りします」などと書いてくださる方が
沢山あり感謝でした。そんな中で、九州に転居したかつての教え
子からの年賀状に、「僕の学校でバザーの収益金をどこに送るか
を話し合った時、『ともに歩む会』を提案しました。」と書いてありま
した。その学校から確かに沢山の支援金を送っていただきまし
た。とても嬉しいことでした。

  WHOが発表するエボラ熱感染者の統計をメモしておきまし
た。下記の表の通りです。

                        10/5     11/12    11/21   12/19     1/7       
ギニア      感染者  1298人   1878    2047人  2453    2775人  
           死者      768人   1142人   1214人  1550    1782人  
           死亡率   59.2%      60.8%     59.3%    63.2%   64.2%
リベリア     感染者  3924人    6822人   7082   7819人   8157人 
           死者    2210人    2836人   2963人  3346人   3496人   
           死亡率    56.3%      41.6%     41.8%    42.8%     42.9%
シエラレオネ 感染者   2789人    5368人   6190人  8759人    9780人 
           死者      879人     1169人   1267人  2477     2943人  
           死亡率    31.5%      21.8%      20.5%    28.3%     30.1%

 定期的な数字ではありませんし、正確には人数を把握できていないことも予想されますので、細かい数字まで深読みするのは避けた方がいいかと思いますが、ギニア、リベリアは明らかに感染者、死亡者の増加に鈍化の傾向が見て取れます。それに比べて、シエラレオネはまだまだ勢いが衰えていません。それでも、11~12月より、12月~1月の方が若干減少傾向にあるように思います。しかし、死亡率が上昇しているのが心配です。
 私どもは、遠方にいると、どうしても数字だけを見て、一喜一憂してしまいますが、現地の人々にとっては、大事な家族や知人など一人ひとりの命に関わる問題であり、この数字の陰には、多くの人々の悲しみ、苦しみ、痛みそして恐怖があることを忘れないようにしたいと思います。

  ある支援者の方から次のような便りをいただきました。
「エボラ熱はシエラレオネの苦しみの一端でしかなく、これを克服した後に待っている苦難もきっと大きいことでしょう。シスター吉田達や生徒をはじめとする現地の人々の笑顔のために少しでもお役に立てたらうれしい一年になると思っております。」

 本当におっしゃる通りだと思います。私どもはこのエボラ熱禍が解決すれば、すべてが解決と思いがちですが、半年以上も閉鎖されている学校の再開を思うと、どれ程の困難が待ち受けているか、現地のシスター方のご苦労が思いやられます。

  今回のエボラ熱の爆発的な感染拡大の原因は、エボラウイルスの猛毒性に因るものというより、現地の人々の自分の文化に対する執着にあると考えられます。遺体を関係者皆の手で綺麗に水洗いして葬る習慣をどうしても止められず、政府のエボラ葬式チームが埋葬した遺体を掘り起こして村の習慣に従って埋葬し直すということが続き、初期の段階でのエボラ封じ込めができなかったと聞いています。また、魔女たちの集会があり、乗って来た飛行機が墜落して、その事故での死者だ、と言うデマを流してエボラを認めなかったり、占い・まじないも含まれたネイティブドクターに診てもらうために感染者が町から村に戻り、感染を広げることもあったともシスター吉田から聞きました。

  今度のことでは、シエラレオネの人々も多くのことを学ばれたと思いますし、新たな思いで歩み始められることと思います。私どもが、これからもシエラレオネの子どもの教育のために、「ともに歩み続けます」ということを示し続け、教育の充実に協力し続けることが肝要ではないでしょうか。

  シスター吉田は、順調にいけば、4月頃にはルンサのエボラも終息するのではないかとの見通しを持っておられます。まだまだ先の話ですが、その中で、一時も油断できない危険地域での支援活動を粘り強く続けておられるシスター方を応援し続けたいと思います。

  18日には、1月分の給食支援費と、今年度分のOLG校とマリアイネス職業センターの教育支援費(奨学金)などを送金することができました。ご支援に心より感謝いたします。



         みんながシスターの車を待っている

                                   (菅野勝治郎)

2015年1月1日木曜日

あけましておめでとうございます

2015年 あけましておめでとうございます

まず、御聖体の宣教クララ会・シエラレオネ地区長、グアダルーペ聖母女学園学園長の Sr. パディジャ エリサからの クリスマス・新年のメッセージを紹介いたします。
これは、クリスマスにメールでいただいたものですが、シスター吉田が大急ぎで翻訳してくださいました。

O COME LET US ADORE HIM

生まれたばかりの嬰児を、拝みに行きましょう.

ともに歩む会の皆様、クリスマスと新年、おめでとう ございます。

 羊飼いたちが、2000年前にしたように、シエラレオネも私たちの為にお生まれになった嬰児の前にひざまずき、礼拝しています。私たち・シエラレオネは、この幼子と多くの点で共通します。私たちは、宿を探して家々の戸をノックしましたが、ある方々は、扉を開け部屋を提供してくれました。ほかの人々は、分かち合ってくれませんでした。
「来たれ、拝まん、キリストを!」 神こそが、私たちにとり何が最善であるかを、一番よくご存じだから、神のお望みを受け入れるために、来たれ、拝まん。
 「神よ、あなたは愛と摂理のうちに私たちを見守り、あなたのお望みになることこそが、私たちにとっては最善ですので、神を信じ、神に希望をする恵みをお与えください。」
 これが、多くのシエラレオネの人々が毎日唱える祈りです。驚くことに、だれも神に異議を唱えません。逆に、この苦難の状態は、以前にもまして、私たちを神のもとに引き寄せるのです。  
 クリスマスの数日前の、外出禁止令が出る前に、皆様からの給食支援を使い、お陰様で450袋のお米、そしてお米と調味料(パームオイル、塩、乾燥魚、落花生、トマトペースト、落花生の油、トウガラシなど2週間分)を、ルンサと周辺の村々の、隔離措置を受けている30以上の家族、エボラセンターから生還した方々、支援を必要とする方々に配ることが出来ました。カイラフォン地区には、お米50袋と調味料、これは2回目です。(前回分と合わせて100袋)。さらにイタリアの団体からの支援で、それはマンゲブレという村の小学生300人。スペインからの支援でその隣のマンボロ村の小学生500人に支援できました。OLGの生徒の為の200袋は、12月第2週に配り終わりました。この様な支援を続けることが出来ましたのは、「ともに歩む会」の皆さんをはじめとする、多くの寛大な方々からの支援を受けることが出来たからです。配り終わった後は、もちろん疲れを感じましたが、私たちは、皆さんの支援に心から感謝いたします。喜びの笑顔、そしてダンス、お米を抱えてみな 「THANKI,THANKI!」 私たちも皆様に心より感謝いたします。多くの方々の助けがなければ、これだけの人々を支援することは不可能でした。クリスマス休暇後もこの支援を続けます。
 今年のクリスマスは、静寂そのものでした。それは、 コノ、イレ、ポートロコ(ルンサはこの地区内)、ルンギ、そしてフリータウンでは、今になっても新たな感染者が出ているので、外出禁止措置がクリスマスの前日に発表されたからです。24日から28日までは、誰一人として通りに出ないこと。クリスマスの深夜ミサは、5PMまでに終了すること、当日25日もミサ終了後はすくに帰宅することを条件に、ミサの許可が出ました。多くの人々が、反対の声をあげました、突然の発表でしたので特に食糧の蓄えは準備できていませんでしたし、日々の糧を得るために、額に汗して働いている人々には、5日間の食糧を確保することなど不可能でした。幸いなことに、カリタス・シエラレオネが政府と交渉し、6AM から5PMまで市場で商売できることになりました。その他の一切の活動は禁止されました。
 今年のクリスマスは、クリスマスのミサの意味が本当にわかるものでした。ミサは4時間続きましたが、その中心は、いつもイエス・キリストが占めておりました。私たちの祈りは聖パウロ1:コリントの信徒への手紙二/ 1章 10節、11節からのものでした。
 「神は、これほど大きな死の危険からわたしたちを救ってくださったし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、わたしたちは神に希望をかけています。あなたがたも祈りで援助してください。そうすれば、多くの人のお陰でわたしたちに与えられた恵みについて、多くの人々がわたしたちのために感謝をささげてくれるようになるのです。」
すべての方々に HAPPY CHRISTMAS !
宣教クララ会  ルンサより シスターエリサ



カイラフォンの修練院に集合した誓願者や修練女,
志願者で、すべてシエラレオネ人。後列左から6番目がSr.エリサ、左端がSr.白幡、右から2番目がSr.吉田。 
                                                         12月31日に撮影。
       ~~~~~~~~~~~~~
♥ 2104年は試練の年でもありましたが、それ以上に、感謝が溢れる年でした。12月も予想を遥かに超える支援金を寄せていただきました。今月中に、1月の給食支援費に加えて、OLG校とMI職業センターへの教育支援費(奨学金)を送金することができます。エボラ対策支援指定の支援金も目標の50万円を超えました。Sr.エリサの報告にもありますように、エボラ対策支援費と給食支援費は一体となっています。このまま継続させていただきます。
♥ 会報6号でエボラ孤児となったカディアツさんのことを紹介しましたが、支援者の方から、カディアツさんへの生活・学業支援の申し出をいただきました。現地に知らせましたら、「感謝して受け止めたい。通常の教育支援として送っていただいた中から確実にカディアツさんに届けるようにする。」との返事でした。会報5号には、奨学金が足りないので一人分を二人に分けて支給しているというエリサ地区長の報告を載せましたが、一人分ずつ支給できるようにと、追加の支援金を送ってくださった方もありました。本当にありがとうございます。

♥ 昨年1年間、至りませんことばかりでしたのに、いつもご協力いただき本当にありがとうございました。引き続き、今年もエボラ熱の終息のためのおいのりとご支援をどうぞよろしくお願い致します。
                                 (菅野勝治郎)

Merry Chrismas and Happy New Year!

Merry Christmas and Happy New Year !

We greet the New Year 2015.  I express my New Year greetings to all of you, and I hope for your happiness and health.  I also wish for walking together with Sierra Leone, with Sisters, and with Benefactors, secondary to last year.
The Christmas and New Year Message from Sr. Elisa Padilla, the supervisor of OLG Schools in Lunsar, to benefactors of “Walking Together” arrived on 30th December.
Reading the letter from Sr. Elisa, I appreciate all of benefactors that I knew our support had made good use of the people in Lunsar in a state of emergency.
Katujiro Kanno
Director of Walking Together




          OH COME LET US ADORE HIM

Dear members for Walking Together, Merry Christmas and Happy New Year !

As the shepherds did 2000 years ago, Sierra Leone is bending down her knees to adore the Child that is born to us. We, Sierra Leonean, have many things in common. We like Him have knocked at many doors some opened to offer room. Others instead shared with us, they did not.
Oh come, come let us adore Christ!”. Let us adore his divine will because He knows what is good for us. “Bestow upon us the grace of faith and hope that you watch over us with love and providence and that your will for us is always good”. This is the prayer recited every day by many sierra Leoneans. Surprisingly, no one has ever questioned God for what is happening to us on the contrary we are ever more closely follow HIM.
Just before the days of Christmas, we were able to move around , from your feeding support , we could distribute 450 bags of rice plus rice and all the ingredients (rice, palm oil, salt, fish, groundnuts, tomato paste, ground nut oil, pepper for 2 weeks) to more than 30 families to those in quarantine, to the survivors, the poor, the needy and the lonely in Lunsar and the surrounding villages; ingredients and rice to 50 families at Kailahun for 2nd tim300 bags of rice at Mange Bureh Primary Pupils and Mambolo village 500 ;. For OLG 200 students we have finished 2nd week of December.  All this was possible due to the help we receive from “walking together” and other many generous people. We ended up tired but appreciating the help of many of you. So many smiles dances of gratitude, all embracing a big THANKI, THANKI. We too want to say thank you to you since without your help we would not have been able to reach so many and assist to those in need after the holydays.
This Christmas was a quiet one as just on the eve of the celebrations a lock down was announced as people are still dying of ebola in several places this time the most affected are Kono, Yele, Lungi, Portloko and Freetown. No one was expected to be on the streets from 24th to 28th December inclusive. Only Christmas Mass was allowed on 25th and all celebrations should end before 5pm. Many people reacted as we were caught unaware. No preparation was made particularly in the feeding side… It was impossible for people that struggle every day for their bread to store food for five days!!! Thank God, Caritas intevened and people have been allowed to sell in the market from 6am to 5pm every day. No other activity should take place.
Christmas this year focus on the real meaning of the celebration. Our masses lasted for almost four hours but He was at the centre of everything!! Our prayer is the one of St. Paul  2nd Cor. 1, 10-11. “ He rescued us from such great danger of death, and he will continue to rescue us; in Him we have put our hope that he will also rescue us again, as you help us with prayer. So that thanks may be given by many on our behalf for the gift granted us through the prayers of many”.

HAPPY CHRISTMAS TO ALL!
Clarissan Missionary Sisters Lunsar
Sr. Elisa

2014年12月23日火曜日

クリスマスおめでとうございます

<シスター吉田から、下記のメールが届きました。>

クリスマスと新年2015、おめでとうございます。       

新しい年、皆さんの上に、神様の豊かな祝福をお祈りいたします。

今日は、支援者の皆さんにKailahun(カイラフン)より、です。
本当に今の状態は、待降節・救い主を待つ季節、そして、“Na God hear us !"(神様は、私たちの願いを聞いてくださる。)と信仰のうちに、このエボラの終息を待っています。
 今、私は、修練院が有り、またエボラが最初に発症したKailahunに来ています。
ここには、最初のエボラ治療センターがありますが、3日前にこのセンターから最後の患者が退院しました。このまま、あと39日間(21日間の2倍の42日間)、新しい感染者がでなければ、Kailahun には「エボラフリー」の証明書が発行されます。
 5月にここに来たときは、まだエボラの話はありませんでしたので、ここにこぎ着けるまで6か月かかったことになります。この計算で行くと、Lunsar(ルンサ)でこの話を聞くのは、新年の2月末、エボラフリーにこぎ着けるのはさらに1か月半先の4月でしょうか。
 今、どこの地区も、それぞれの地区を守る気概のあるチーフ(酋長さん)のいるところでは、他の地区からの訪問者は、チーフのところにあいさつに伺い、氏名、訪問目的を知らせて、滞在許可を願わなければなりません。これをしないと罰金です。
 私も、ここの修練院のシスター ジョセフィン・カマラと御挨拶に伺いました。ちょっと太めのとても柔和な酋長さん。この日に至るまでの市民の無理解に苦しんだこと、特にお葬式に関して一番難しかったそうです。しかし、現実に多くの方々が感染し、亡くなるにつれ、人々は忍耐強く彼の指揮に従い、 Don't Touch "(接触するな)を守り、感染の拡大を減らしていったのだそうです。
 救い主イエス・キリストのお誕生を祝うクリスマスを前に、この朗報に接し、希望を持って祈り続けるここの人々の信仰に深い感動を覚えます。
 どうぞ、新しい年も、みなさんのお祈りを心からのお願いいたします。
新しい年・2015年が、皆さんにとりまして希望に満ちた一年となりますよう、シエラレオネから、お祈りいたします。         
                             Sr. 吉田富美子

         下の写真は、ジョセフィン・カマラ修練院長
           シエラレオネ人でOLG校の卒業生


2014年12月16日火曜日

会報6号の掲載を終えて

主のご降誕の喜びが溢れますように。         
シエラレオネで奮闘するシスター方はじめ、多くの方々のご協力を得て「ともに歩む会会報」の6号を発行することができました。
支援者の皆様方は、会報紙上で、元気で底抜けに明るいルンサの子どもたちの写真を目にするのを楽しみにしておられることと思いますが、今号は内容も写真もかなり重いものになってしまいました。シスター吉田は「これでも、日本の支援者の皆様のことを考えて、できるだけ柔らかく書きました・・・」と言っておられます。現実には、もっともっと、大変な日々の闘いがあるのではないでしょうか。

 エボラ出血熱に罹患しながら、無事に全快して生還したカディアツさん、喜んで迎えてくれるはずの家族は全員がエボラのために亡くなっていたという事実には胸が締め付けられました。笑顔で励ますシスターエリサにも寂しさを隠せない表情からは、彼女の切なさが伝わります。

 私どもは、今、このシエラレオネの現実から目をそむけることをせずに、この重さ、暗さ、悲しさ、厳しさに少しでも寄り添って行きたいと思います。去年、「ともに歩む会」が生まれた意義は、今日の日のためであったのではないかとも思い始めています。

 今回の発送作業には、師走であるのに12名ものスタッフが集まり、2時間で終了。その後、スタッフ会を開催しました。一番の議案は、シエラレオネへの送金をどうするかです。「ともに歩む会」は2年目で、支援金の減少を予想しながらのスタートでしたが、シスター白幡の大学時代の同窓生や麻布教会の青年会時代のお仲間など、多くの方々が新たに支援に加わってくださいました。去年の同時期を超える支援金が寄せられています。心より感謝いたします。
 しかし、現地へは医療(エボラ)緊急支援として送った50万円以外は、まだ送金できないままでおりました。それは、この秋から始まった急激な円安傾向のためです。シスター吉田から、しばらくは7~8月の夏休みの時期に送金いただいた給食費で賄えるので、この円安の中での送金は待って欲しい。きっと、円高に戻る時が来る。それまで何とかやりくりして頑張るから・・・という要望が寄せられていました。でも、先週になり、もう、やりくりも限界に来ている、給食支援費を利用しての貧困家庭への食料支援はまだまだ必要で、打ち切るわけにはいかない。円安であっても、送金して欲しいと、SOSに似たメールをいただきました。そこで、スタッフ会ではできるだけ早く、9月から12月までの4ヶ月分の給食支援費を送金することに決定し、12月17日に送金しました。エボラ禍を心配しながら支援金を送ってくださった方々の気持ちをようやく現地に届けることができて、安堵しています。できれば、円安で目減りした分を補填して送金できるようになることを願っています。

 また、スタッフの一員から「本部総会のあり方を考え直したい。前例にとらわれず、一般の支援者にも開かれた総会となるよう工夫したい。」との提案がありました。今回の会則改訂で「総会開催直前の会報で支援者全員に公告する」という項目を削除しましたが、可能な限り、前もって開催日だけでもお知らせし、誰にでも分かりやすく、納得していただける総会の運営を心がけていきたいと確認しあいました。

 また「会報」発行の目的や編集方針などについて、各自考えてきて次回のスタッフ会で検討することにしました。支援者の皆様からも「会報にはこのような記事が欲しい」など、どのようなことでも結構ですから、会報についてのご意見がありましたら、是非お聞かせください。
 
 会報発送の翌日(14日・日曜日)は、カトリック鷺沼教会のチャリティーコンサートに招かれて行ってきました。3~400名が入るお御堂いっぱいのお客様で、立って見ている人も大勢いる程の盛況でした。このチャリティーコンサートは「シエラレオネ支援(ともに歩む会)」と「きぼうのいえ」への支援を目的に開催されたものです。
 幼稚園の幼い子供たちから、プロの声楽家まで、そして、オーケストラ付きのハレルヤコーラスの大合唱など、そのひたむきな素晴らしい演奏に心打たれ、沢山の元気をいただきました。会報の制作から発送までの疲れをいっぺんに癒された思いがしました。
 そして、何よりも感激し、感謝したのは、これほど多くの方々が、シエラレオネのためにと言って心を合わせて労してくださっていることを、目の当たりにすることができたことでした。この季節、各地の学校や教会から、バザーの収益からとか、文化祭での募金活動からなどと書き添えられた支援金をいただくことが多くなりますが、その一つ一つがこのような人々の熱い思いによって寄せていただいている支援金なのだと改めて思いました。

 今年1年間のご支援に改めて心から感謝いたします。

 インフルエンザの流行が報じられています。皆様、どうぞご自愛ください。そして、良い新年をお迎えくださいますようにお祈りいたします。      
                             (菅野勝治郎)
完成間近い幼稚園の新園舎の写真が送られて来ました。はやく、この園舎に子ども達の元気な声が響きますように。





        ワーカーと話し合うシスター白幡

2014年12月15日月曜日

The first memorial anniversary of Sr. Leticia Negishi.

15th December, 2014
I updated the bulletin #6 of Walking Together in our website.
I placed the English manuscripts of three letters among the articles of the bulletin #6.
These three letters were written by Sr. Leticia Negishi’s pupil in Sierra Leone, and dedicated to the first memorial anniversary of Sr. Leticia Negishi.
The strength of their gratitude to Sr. Leticia Negishi is touched me deeply.

本日、1213日発行の「ともに歩む会 会報6号」をウェブサイトにアップしました。
会報6号の記事の中から3通の手紙の英文原稿を、英語ブログに掲載します。
これらの手紙は、亡きシスター・レティシア・根岸のシエラレオネの教え子によって書かれたもので、シスターの一周忌に捧げられました。
彼女たちのシスター根岸への深い感謝に、心を打たれます。

On the occation of the first memorial anniversary of Sr. Leticia Negishi
11th November 2014.
Dear all,
         On behalf of the old girls of the Nobel institution, Maria Ines Vocation Institute Lunsar Sierra Leone I (Sylvia) wants to sympathize with the lost of our dearest friend, Religious Sister and Principal of this noble institution. We miss her, we love her but God loves her the most. May her soul rest in peace Amen.
Sr. Leticia has done very great in the lives of students and Sierra Leone as a whole may God rewards her abundantly.  During her stay in Lunsar Sierra Leone, by the help of many supporters in Japan, she has inspired many students to study by giving scholarships and other help that we will never forget in life.
      Today, many of us have benefit greatly through her tremendous help.  We now say thanks be to God as most of us are working and others are still studying at different Universities and prove it well.
We missed her, we love her but God loves her the most.  We say sorry to the family, friends, relatives and others who help Sister Negishi. I pray that God will receive her in His holy Kingdom as we will meet her one day.   Lie down Sr. Leticia and have your resting peace.
  On the other hand, I want to let you know how our country Sierra Leone has faced another war. What I mean by war is that, we have a very dangerous disease called EBOLA, which has claimed the lives of many people in the country. It is a disease got through body contact. It can kill in a very short time.
But I Thank God I am still alive thought I lost some relatives and friend.  We are asking for your supportive prayers to our country, so that this disease will finish in a very short time in this our beloved country Sierra Leone.
 Once more I say sorry to the Negeshi family in Japan. I pray that our Sr. is now in the hands of God Alimght.
Rest in peace Sister till we meet again.
Sylvia Conteh.


My beautiful memories of Sr. Leticia Negishi

 I remember Sister Negishi when I was coming for prayers on Sunday she always advice about my school.
And I also remember her when she was taking me classes on Sunday after service. Teaching me the word of God
I also remember her when I was helping her, carrying her bags from her office to her motor cycle.
She always told me to be a good girl and I listen to her advice in Jesus name. I will always remember her in my prayers, I miss her so much especially her good smile.
 May her soul rest in perfect peace Amen.
I remember sister Negisi when I was preparing  her Soya  juice
And I also remember her when she was telling me about her home and her  family and she was the only girl child in her family and her father was a formal  principal and she too ask me about my own family and both of where laughing together .
I also remember her the time she told me about the scholarship I was very much happy.
She is a very nice sister and I will never forget her
Jeneba Kabia


Sr. Leticia Negishi, I owe my Life to you!
Dear all,
      First of all I want to introduce how I come in contact with Sr. Leticia Negeshi.  I (Sylvia) was a former student of the Our Lady of Guadalupe Secondary Secondary School Lunsar a school mainly for girls. After my sixth class in the secondary school I sat my West Africa Secondary School Certificate Examination (WASSCE). I sat to this national exam but unfortunately, my l result was not too good. I decided to repeat the class but my elder brother who was paying my fees refused to pay this time because I failed.
One day I was walking on the street, where I met a teacher of the Maria Ines Vocational Centre Lunsar a centre where Sr. Leticia was headed and advised me to go to this institution. The next day, I met Sr. Negishi and explained everything to her that I wanted to attended the institution but I have no one to pay my fees. She asked if I have all my secondary school certificates and results I said yes. The next day I came with all this documents and sat to an entrance exams (Interview) of which I was the best girl in that exams.  
I started attending the institute and since then Sr.Negishi was paying my school fees and all other school charges. I was in the Institution and am greatly impressing her on my school performance. I was in the institution for three year of all these three years I was the most brilliant girl in the institution. Sr. Negishi grew to have more interest on me. She always called me in her office to advice me on good things. I took her advice and today I can be proud of her relentless help towards me.
After my final year in the Maria Ines Vocational Institute, I got the best result and she sent me to study at the Northern Polytechnic Makeni College- Makeni Campus. I was there for two year where I gain a Diploma certificate in Business Administration. On my completion, I got a job at St. John of God Catholic Hospital Mabesseneh Lunsar, Sierra Leone but with other family difficulties am facing in the work place, after finishing contract with them, I decided to stop work with them and find another job. With the great help of God, I was lucky to get another job better than the one before.
Sr. Negishi went back to Japan with the hope of coming back to Sierra Leone Lunsar in particular. It was very pathetic for me when I heard that our beloved sister, Sr. Negishi has passed away. I could not imagine how I felt that day. I love her so much and like to visit her almost every day in the office where I and she discussed lot of issues.
Sr. Negishi has greatly done something in my life and the lives of others. We missed her, we love her but God loves her the most.  We say sorry to the family, friends, relatives and others. We pray that God will receive her in His holy Kingdom as we will meet her one day.   Lie down Sr. Leticia and have your resting peace.
May her soul and the souls of the faithfulls rest in perfect peace amen.
Thanks

Sylvia Conteh

2014年11月16日日曜日

悲報と希望 エボラ熱第8信

 「エボラ出血熱のこと、心配しています。」「エボラ熱の終息を祈るばかりですね。」などの言葉を添えて支援金を振り込んでくださる方が続いています。新聞等でも毎日の様に感染状況や先進国からの医療従事者の感染の様子などが報じられています。エボラ熱治療のために西アフリカに赴き、命を落とされた方々の貴いお働きに心から感謝し、ご遺族や関係の皆さまへの慰めが豊かにありますようにと、お祈りいたします。



     シスターが届けたお米を受け取るカイラフン地区の人々

 シスター吉田は、相変わらず超多忙で、その上、インターネットの状況も良くなく、まとまった報告文は届いておりません。シスター吉田やシスター白幡から断続的に入手した情報を繋ぎ合わせてご報告いたします。

  私どもが最も恐れていたことが起きてしまいました。支援先であるOLG学園高等部4年生のカディアッツ カーボさんがエボラ熱に感染して隔離されてしまいました。しかし、幸いなことに完治して生還したそうです。しかし悲しいことに、彼女が家に戻りますと、両親、弟妹などすべての家族がエボラ熱で亡くなっていたそうです。
  エリサ地区長が励ましに訪ねましたが、憔悴しきった彼女の姿があったそうです。カディアッツさんの今後については、現地のシスター方が全力でサポートしてくださると思いますが、必要があれば、こちらに届いている「エボラ対策支援金」で彼女の経済的なサポートもさせていただきたいと願っています。

  ルンサの町全体で、エボラからの生還者が49名(11月10日現在)で、エボラの為に亡くなられた方の為に国が行う埋葬方法などが、死者への尊敬の念を持ったものに改善されたので人々も冷静になり、埋葬された遺体を掘り起こして二次感染を招くようなことは無くなりました。また、感染の心配のある人は、近くに設置されたエボラセンターに自分から訪ねるようになって来ているそうです。ルンサでは、一時は毎日聞かれた感染者を運ぶ救急車のサイレンの音も、あまり聞かれなくなったそうです。
 シスター吉田は「国全体ではまだまだですが、少しですが希望の見えてきたルンサです。」と書いて来られました。
 そして、シスターは今も貧困家庭へのお米配り等に忙殺されています。学校再開の見通しはまだ立っていません。

 11月15日の新聞には「エボラは医療の力だけでは治せない。食料支援に、あなたの力を」という国連WFPの大きな広告が掲載されていました。今、現地でシスター方が行っている活動も、文字通りの草の根の食料支援として、シエラレオネの人々の大きな助けになっているのだと確認させられました。

 前回、10月5日現在の西アフリカ3カ国の感染者、死亡者数を紹介しましたが、WHOは11月12日にもデータを発表しました。2つ合わせると下記の通りです。

                     10/5     11/12    増加数   増加率   
ギニア      感染者  1298人   1878    580人  1.45倍 
           死者     768人    1142人  374    1.49
           死亡率   59.2%      60.8%
リベリア      感染者  3924人   6822人  2898人  1.74
           死者    2210人   2836人   626    1.28
           死亡率    56.3%      41.6%
シエラレオネ 感染者   2789人   5368人  2579人   1.92
           死者       879人   1169人  290    1.33
           死亡率    31.5%      21.8%

 WHOのデータも、発表後に修正されることもあるようですし、シスター吉田が11月3日にシエラレオネの保健省が発表したデータとして知らせてくださった数は  
感染者数、4059名 死者、1085名、 完治者、823名でした。
ですから、数字を深読みし過ぎてはいけないと思いますが、シエラレオネの感染者数は約1ヶ月で約2倍と、恐ろしい勢いで増え続けていること、しかし、完治する人の割合が高いことは明確です。感染の拡大が抑えられると、シエラレオネのエボラ終息の先は見えて来るように思いますし、そうなることを祈ります。



    配給されたお米を手にするのはエボラ熱から生還した婦人

 上記3カ国の今年の人口は、ギニアは1113万人、リベリアは408万人、シエラレオネは610万人です。これによって、人口1万人当たりの感染者数を計算してみますと、ギニアは1.7人、リベリアは16.7人、シエラレオネは8.8人ということになり、西アフリカ3カ国でも、随分異なった感染状況であることが分かります。ギニアは、人口に対する感染者の割合は低いのですが、感染者の死亡率はとても高くなっています。
 ちなみに、人口が12654万人の日本で、シエラレオネと同じ割合でエボラ熱の感染者が発生したとすると、111,355人という膨大な数になってしまいます。
  しかし、シエラレオネ等と比較的近い位置にあるナイジェリアでは、20人の感染者と8名の死亡者が確認されたのを最後に、新たな感染者が出ないで、国も終息宣言を出しました。ナイジェリアがなぜそのように短期間に終息することができたのか、各国の指導者は懸命に研究していると思われますが、アフリカ内における経済力や教育力の差が、この結果を生んでいると考えるのは、あまりにも短絡的過ぎるでしょうか。
  私が7年ほど前に、ルンサのOLG校を訪問した際に、同校にはナイジェリア出身のシスターも数名おられました。彼女たちと親しく話ができた訳ではありませんが、アフリカ出身のシスターとしての自信を持って仕えておられた姿が思い出されます。エボラ熱禍からの脱出の為に、先進国の支援に頼るだけでなく、アフリカの人々皆の力を結集するという機運が高まれば、今後のアフリカの発展の大きな力になるのではないでしょうか。そのような事も期待したいと思います。



 シエラレオネの子どもたちの笑顔が消えてしまいませんように




    カイラフン地区へのお米配給を終えて、
    右はエボラ第6信を書いたジョセフィン・カマラ修練院長

                             文責  ともに歩む会代表 菅野勝治郎