2017年5月4日木曜日

「世界の村で発見・こんなところに日本人」から


  去る418日の夜、「世界の村で発見・こんな所に日本人」という番組(制作はABC朝日放送)で、シエラレオネで活躍しているシスター吉田が紹介されました。タレントの千原せいじさんがはるばるシスターを訪ねてインタビューする感動的な内容でした。それを視聴された多くの方から「すばらしい番組でしたね」との声が聞かれました。シエラレオネの町の様子なども、とても興味深い物がありましたが、シスターの話の主な部分を紹介します。(文責:菅野勝治郎)

 

千原氏:こんにちは、日本人の方ですか?

シスター:ハイ、そうです。(シスターの若々しく艶のある声に感激!)

千原氏:日本のテレビ番組で、変わった国に住んでいる日本人を追っかけています。

シスター:私、追っかけられたわけね。(笑)

千原氏:ここで今、何をしてるんですか?


シスター:ここで今、村から来る学生のための寮を造っているの。そうでないと、片道3時間から4時間の道を歩いてくるから、一日8時間も往復にかかる。勉強する時間が取れません。
 私これでもキリスト教の宣教師ですから・・・。

千原氏:いつからここにいるんですか?

シスター:ここには2012年からいます。

千原氏:では、あのエボラの時もここにいたんですか?

シスター:そうです。だって人々には、いろんな必要があるでしょう。「エボラが蔓延したから日本に帰ります」という気持ちにはなれませんよ。このルンサの町でも多いとところは300人がエボラで亡くなりました。
 エボラが蔓延して、子どもたちが学校にも来られなくなった時、初めて、子ども達の村々を訪ね、食べる物もなくて困っている家々にお米などを届けたのです。その時に初めて、こんなに遠くから通っているんだと分かって、その子たちのために寮をたててあげなければならないと思った訳です。

千原氏:どうしてここシエラレオネに来られたんですか?

シスター:修道会から言われたからです。

千原氏:シエラレオネに行くように言われた時、どう思いましたか?

シスター:また、新しい人、新しい国との出会いが始まると思うだけでした。世界中どこに行っても人々は同じでしょう。ちょっと優しいか、ちょっと騒々しいか、ちょっとアグレッシブか・・・。どこも、そういう人々の集まりです。

千原氏:22歳で修道女になる時、ご両親は反対されませんでしたか?

シスター:反対されました。でも母は、3か月後には認めてくれました。父も後には認めてくれていました。

千原氏:なぜ、反対されたのですか?

シスター:父は「普通の生活をして欲しい」と言っていました。修道女がどういうのか知らないから不安があったのだと思います。

ナレーション:シスター吉田は群馬県で生まれ、17才でキリスト教の洗礼を受けて、その後、メキシコ人のシスターの生き方に感銘を受けて、修道女になりました。31才でナイジェリア、52才でインドネシア、59才でインド、60才でまたナイジェリアと派遣されましたが、5年前からシエラレオネに来ています。

千原氏:今の日本についてどう思いますか?

シスター:渋谷なんかは、人にぶつかりそうで歩けません。

 でも、日本人は寛大です。1987年から、ここの子ども達、1600人ぐらいいる訳ですが、月曜日から金曜日までずっと給食を支援してくださっています。今もです。

千原氏:ここは、エアコンも無くて、大変ですよね。

シスター:でも、夕方5時から翌朝の8時までは電気が通るので扇風機がありますから助かります。食事も、現地のまかないの方が作ってくれる食事をいただきますが、美味しいですよ。11名の修道女がいますが文句を言う人はいません。

千原氏:ぼくは、ここに来てから文句ばかり言っています。この後、どうされるんですか?

シスター:命の続く限り、どこで私の命がなくなるかは分かりませんが、命の続く限り、人々に寄り添っていきたいと思います。

ナレーション:シスター吉田さんにとって、ここルンサは、自分を必要としてくれる人のために自分の愛を捧げ尽くそうと決めた場所なのでしょう。

 

▼ 番組の冒頭のナレーションで、「シエラレオネは、今は教育に力を入れ、就学率は100%です」と報じられました。“アフリカ理解プロジェクト”の発表ですと、1999年のシエラレオネの小学校純就学率は43%(女子:37%、男子:50%)となっています。2008年の識字率(義務教育6年)は39.8%(女子:28.9%、男子:51.7%)です。

なぜ、就学率100%と報じられたか、確認はできませんでしたが、前にシスター白幡やシスター吉田から、シエラレオネでは全国の小学校は無償(フリー)になった、と聞いたことがありますから、これをもって就学率100%としたのではないかと思われます。

しかし、授業料は無料になっても、貧しくて学校には行かせられない、親が子どもを学ばせる必要を認めない、子どもを働き手として使いたい、などの理由で学校に来ない(来られない)子どもも未だに多いのが現状だと思われます。エボラの時のシスター吉田の報告にも、文部省は全国の小学校に給食を提供すると発表したが、給食のためのお鍋ひとつ未だに届いていないということがありました。シエラレオネの政府が就学率100%の理想を掲げていることに希望をつなぎたいと思います。

▼また、番組中で「敷地内には幼稚園と1600人の女子生徒が通う小中学校がある」と報じられていましたが、その上に、高等学校、職業センターなどもあり、全校生徒約3000名が在籍しています。そして、現在給食支援を実施しているのは、シスターも言われましたが幼稚園と小学校の約1600名です。

 

2017年4月23日日曜日

テレビ放映について・Sr.白幡からの手紙

 4月18日にテレビ朝日で放映された「世界の村で発見・こんなところに日本人」をご覧になった沢山の方から
「とてもいい番組でしたね」
「シエラレオネのことが改めて良く分かりました」
「今回の映像を通して与えられたシスター吉田のお働きの様子、お元気な様子はうれしいことでした。自称“土建屋”と言われるように工事現場のシスターは、まさにその通りと思いました」
などの声をお寄せいただきました。また、ウェブサイトの問い合わせ欄から
「シスター吉田に惚れました。シスターの働きを支援したいので、その方法をお知らせください」

とのメールをお寄せくださった方もおられました。

 私どもがこの放映の予定を知ったのは、当日の早朝、シスター吉田からのメールによってでした。ですから、前もって支援者の皆様に番組のことをお知らせすることは殆どできませんでした。

 しかし、この放映のあと、“ともに歩む会〝のウェブサイトを見てくださった方が数千名おられました(普段は1日に数十人程度です)。
 シエラレオネの実情やシスターの働きを多くの人に知っていただく良い機会になりましたことを感謝しています。
 放映を見て、確認したいこともいくつかありました。シスター吉田にも問い合わせて、はっきりしましたらまた、お知らせしたいと思います。



            笑顔の幼稚園児たち

 この放映があった日、世田谷記念病院に入院中のシスター白幡から下記のお便りをいただきました。シスター吉田とシスター白幡が一緒に活躍しておられる様子をテレビ上で視聴できたらどんなに良かったか・・・と思わされますが、きっとそんな日も来ると信じて祈っていきたいと思います。               (菅野勝治郎)



きょうこそ神が造られた日。喜び歌え、この日とともに!
“ともに歩む会”の皆様、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
 2月の手術以来、現在までどんなに皆様の熱いお祈りに支えられているかわかりません。あらためて心よりお礼申し上げます。丁度ひと月前から、おなかの調子があまり良くなく、点滴が始まりました。その間、朝食を2回、昼食を1回、食堂で流動食をいただきましたが、下痢がひどいので、また点滴のみの生活に戻りました。薬を飲む時以外、水も飲めないのはちょっと辛いでした。

 丁度、四旬節の最中で、十字架上のキリストのみ言葉
「我、渇く」
を、思い出す日々でした。明日、腸の検査をしますが、その後は点滴から自由になり、もっとリハビリに集中できると思います。神に感謝です。
 あとひと月ぐらいで退院の予定です。これからも皆様のお祈りをお願いいたします。皆様のご健康が守られますようにお祈りいたします。               

                     4月16日 Sr.白幡

2017年4月18日火曜日

シスター吉田が本日(18日)のテレビに!!

急なお知らせです。
シエラレオネにおられるシスター吉田の活躍の様子が、本日(18日・火)のテレビ朝日(首都圏は5チャンネル)で放映されます。
19時54分からの「世界の村で発見・こんなところに日本人」という2時間番組の前半のようです。
ぜひ、ご覧になってください。(菅野勝治郎)

2017年3月27日月曜日

会報15号を掲載しました


“ともに歩む会 会報”の15号を掲載しました。
上のメニューバーの「会報」をクリックし、「会報15号」をダウンロードしてご覧になってください。英語とスペイン語による要約を English Blog のページに掲載しています。
 会報を読まれての、ご質問やご意見、ご感想などをお寄せいただければありがたいです。メニューバーの「お問い合わせ」のページからお送りください。
 
 
 
   この会報発行の数日前に、ローマにあります“御聖体の宣教クララ会”本部のSr,グラシエラ パトロンより下記のメールをいただきました。
 
 
 
菅野勝治郎先生  ともに歩む会の皆様
 
 
 
会報12号と13号を頂きました。
 
ありがとうございます。返事が遅くなり申し訳ございません。
 
私は、2015年9月25日に転びました。最初は軽いけがと思いましたが、精密検査の結果、背骨にひびが見つかり一週間ほど「ジェメリ病院」に入院いたしました。
 
今は胸周りに、整形のコルセットを付けています。最初は、金属製のものでしたが、今は弾性のあるものに変わりました。
 
4つの支点のある杖、または車いすを使い、付き添いと一緒に、慎重に歩くことが出来るようになりました。
 
私の部屋は狭いのですが、幸いに、PCとプリンターがあります。
 
いつも会報のおかげで、ミッションの情報をシスターたちと分かち合っています。
 
神の言葉は次のようにいいます。
 
「最も小さな兄弟にしたことはイエス様にしたことになります」
 
またこちらから、何か情報をお送りいたします。
 
 
                           シスターグラシエラ パトロン
 
                               Hna. Graciela Patrón. M.C.
  
                                         (翻訳:田中マルタ)
 

 

Summary of bulletin No.15 of “Walking Together”



 

 

Thank you for always helping and praying for us with a generous heart.

 
The photo on page 1 was taken by Kako Motosugi-san, a college freshman who visited Lunsar in February. The smiles on children’s faces bring us comfort.

The report from Sr. Fumiko Yoshida is on pages 1 and 2. She reports that the chaotic situation from Ebola fever has been calmed down, classes are back to normal, and a sports festival at school was held. There have been many visitors from Japan, making Lunsar an “especially lucky area” within Sierra Leone.

 The second half of page 2, is a thank you letter from Rev. Fr. Emmanuel L. Sesay, the Manager of St. Peter Claver Junior and Senior Primary Schools. He expresses his thanks for food support as follows:

“Most especially after the devastating consequences of Ebola, which left many children orphans. With you who walking together, we never feel alone in braving the challenges. For your annual support always brighten the gloom on our faces and brings beautiful smiles on the direct beneficiaries-the school pupils.”

 A photo of a student carrying lunch is on page 3.

 Also on page 3 is a letter from Sr. Kazuko Shirahata, who is in Tokyo for her knee treatment. She has an artificial joint in her right knee and is going through rehabilitation. She gives thanks the peaceful time she has for treatment.

 Pages 4 and 5 are volunteer reports from Dr. Yasuhiro Kawashima at the Mile 91 Clinic (Dr. Kawashima is on the right in the left photo). Dr. Kawashima reports on 9 medical cases that surprised him, and the following is one of the cases.

“There is a dying infant with acute laryngitis. There are no tools available to treat him. While he is calm with adrenaline, I had him go to a children’s doctor 1 hour away. But I have heard many people do not go to see doctors that I introduce them to. Many tend to go to see a “bush doctor” or shamans , and many people do not survive.”

 There are many other things that may seem unbelievable in Japan. There are many lives that can be saved. That is the reality of a country that has the lowest life expectancy in the world.

Tsubasa Horii-san’s volunteer report is on pages 5 and 6. This time he talks about his time interacting with the people. He states “they are all good people”. The photo on page 6 is Horii-san with the children.

 The second halves of page 6 and on to 7 are letters from supporters.

 The notice from headquarters is on page 7, including support funds reports and future plans.

Page 8 are pictures from Dr. Kawashima.

 Top left: Children drawing water from the clinic’s well

 Middle left: Medical team treats patricians with natural light thru windows

 Bottom left: Preview for the volunteer house. Many people came and received lunch boxes.

Top right: Sierra Leonean Novice

Middle right: Clinic pharmacy. The challenge is to fill the cabinet with medicines.

Bottom right: Preview of the awaited Department of Obstetrics and Gynecology. Many words of thanks from bishops and high ranking Islams in the area.



                                                        Representative of Walking Together


                                                              Katsujiro Kanno


                  (Translator   Ayako Nokuo)

 

 

”Boletin nr.15 resumen en espanol Caminando Juntos"

Apreciadas hermanas y colaboradores
 
Agradecemos profundamente vuestras oraciones por el movimiento Caminando Juntos.
 
 
Pag.1 Foto enviada por la universitaria srta. Kako Motosugi quien ha visitado Sierra Leona en Febrero de 2017,La sonrisa de los niños, nos alienta y nos da fuerza.
Pag. 1 –2  Informe de la hermana Yoshida: La situacion caotica creada por la fiebre Ebola, ha sido superada ,las clases se han retomado y poco a poco se vuelve a la normalidad. El evento mas importante del programa escolar, la fiesta deportiva, se llevo a cabo con todo entusiamo y vigor.  Asistieron los voluntarios japoneses tambien, no solo la escuela ,sino toda la ciudad de Lunsar, festejo la fiesta deportiva. Comparando con otras zonas del pais realmente Lunsar, es considerada una ciudad favorecida.
 
Pag. 2 Columna derecha. Informe del Rector de la escuela secundaria San Pedro Claver, reverendo Fraile Emmanuel L. Sesay.  En en una carta de agradecimiento por la ayuda enviada para el comedor escolar, expresa: “A pesar despues de las terribles consecuencias de la Fiebre Ebola, que dejo a muchos ninos huerfanos, nunca nos sentimos solos, pues con Ustedes, Caminando Juntos, podemos enfrentar todas las pruebas que se nos presentan.  Gracias por su ayuda annual, que siempre nos ilumina y borra la sombra de nuestros rostros, brind ando hermosas sonrisas en los directos beneficiarios, que son los ninos.
 
Pag. 3 Foto: Comedor escolar, distribuyendo la comida en el colegio de varones.  Informe de la hermana Bernardette Shirahata: despues de la operacion de la rodilla derecha, actualmente esta en rehabilitacion estricta. Agradece todas las oraciones recibidas. Con tranquilidad y en la paz del Senor, continuara con los tratamientos.
 
Pag. 4-5 informe del Dr. anestesista Yasuhiro Kawashima de la Clinica Milla 91 (pag 4 foto) nos relata nueve casos , de los cuales ,presentamos uno: es el caso de un bebe lactante que por una faringitis aguda, la entrada de la traquea quedo extremadamente estrecha, como no se cuenta con los aparatos adecuados para introducir oxigeno, se escribio una carta de recomendacion para que se presentara al hospital pedriatico que se encuentra a 1 hora de distancia de la clinica,una vez que se tranquilizo la condicion del bebe con la administracion de adrenalina, llevaron al bebe. El dr. Kawashima ha conocido muchos casos , que a pesar de la recomendacion del medico, muchos pacientes no van hasta el hospital sino que, consultan a los curanderos, a veces perdiendo la vida por esa causa. La situacion ,falta de dinero, falta de aparatos e instrumentos medicos adecuados en los hospitales, hace que Sierra Leona, sea uno de los paises con los mas bajos niveles de esperanza de vida.
 
Pag 5 – 6. Informe del voluntario estudiante de medicina Sr. Tsubasa Horii . continuacion del boletin No.13: esta vez nos relata su experiencia en la vida cotidiana, y su impression “ todos son muy buenas personas” Pag. 6 foto con los ninos.
 
Pag 6 -7: mensajes de nuestros colaboradores a lo largo del pais, gracias a estos mensajes sentimos vivamente ,que caminamos juntos.
 
Pag.7 detalle de las remesas, y de los futuros planes
 
Pag.8 Fotos enviadas por el Dr. Yasuhiro Kawashima.
Arriba izquierda: niños sacando agua del pozo
Centro izquierda: Equipo medico operando utilizando solo luz del exterior
Abajo izquierda: Festejando la terminacion de la construccion de la Casa de los voluntaries.  Los miembros de la comunidad recibieron una vianda.
Derecha arriba: Las novicias de Sierra Leona
Derecha centro: Farmacia de la clinica, se estudiara  como dotar de remedios farmacos para mantener completo los estantes
Derecha abajo: Festejando la teminacion de la tan esperada Sala de ginecologia. Palabras del Obispo regional y del Lider del grupo islamico.
 



Profesor Katsujiro Kanno


Representante de Caminando Juntos

                              (version en espanol Marta Tanaka)

 

       
 
 

2017年3月13日月曜日

ついにコンテナが出発しました


 
   3月25日に発行する「会報15号」は今、最終校正中ですが、この会報には詳しく報告できなかったことがあります。
  3月12日の日曜日、本部スタッフの4名は茨城県の下妻に出かけて来ました。今年度の大きな計画の一つでありました、シエラレオネへの支援物資をコンテナで送る活動の最後の仕上げの為です。このコンテナを提供してくださるグッドリチさんご夫妻の会社の敷地には40フィートの大きなコンテナがあり、そこへ積み込むトラックや乗用車、耕運機などもあり、驚きました。私どもが来たのは、敷地内の倉庫に保管されていた段ボール箱に詰められた衣類や文房具、その他の支援物資を一箱一箱点検して、品種別に数を確認して記録することでした。小さな箱の物は、大きな箱に詰め替える作業もしました。
 私どもは当初、一つのコンテナに詰め込むので、郵便で送る程には詳しく記録しなくてもいいのではないかと思っていたのですが、そうでは無かったのです。それが許されるほど、今の世界情勢は平和ではないのです。違法な物や危険物の持ち出しなどが絶対に無いように、厳しい審査を通らなければならないのです。

 当日は、グッドリチさんの仲間であるアフリカ各地出身の方々6~7名も手伝ってくださり、とても楽しくできました。しかし、支援物資を送ると言う点で、沢山のことを反省し、学ばされました。

 今回、“ともに歩む会”が掌握していた荷物は100箱で、それ以外の方々からの支援物資もあり、合計で200箱になりました。計画の途中で、あまりに多くなるのを心配されたシスター吉田からストップがかかり、せっかく準備されたのに、お断りしたケースもいくつかありました。初めての経験で、いろいろ失礼もありましたことをお詫びいたします。

 このコンテナはおよそ2ヵ月でシエラレオネに届くそうですから、それがシスター吉田の手元に無事に届いて、改善点などを更に確認してから、次回の呼びかけをさせていただきます。

 グッドリチさんは、今年中にもう一回はコンテナを出すそうで、その際にもコンテナの空間を喜んで提供しますと言ってくださいました。沢山の支援物資をお届けくださいました支援者の皆さんと、グッドリチさんご夫妻に心より感謝いたします。本当にありがとうございました。                                           

                

  好天に恵まれて作業は順調に進みました。靴など、洗って消毒し、1足ずつビニール袋に入れて送ってくださった方もおられましたが、埃を被って踵もつぶれたままという状態の物もありました。衣類なども、皆で相談して、これは送らない方がいいのでは・・・と判断させていただいた物も5%程度あります。ご了承ください。



 
 ジョナサン、ルミさんご夫妻(写真上)には、本当にお世話になりました。ジョナサン氏のお母さまがシエラレオネのご出身だそうです。


 昼には、みんなでおいしいバーベキューなどをご馳走になりました。



作業を終えて、コンテナの前で。   
中央がジョナサン グッドリチ氏。右側はご子息のジョン君で、一生懸命手伝ってくれました。奥様のルミさんとスタッフの丸山さんが写っていないのが残念。
                             (菅野勝治郎)

2017年3月2日木曜日

3月を迎えて

 早くも春・三月を迎えました。皆様、如何お過ごしですか?
 本日(3月2日)、3月分の送金として120万円を送金しました。給食支援費の90万円と、シエラレオネフレンズ(代表・ハウエル岐美子さん)が毎日新聞大阪社会事業団に申請して採択された助成金30万円です。



      背負っているのは、日本から送ったランドセルだろうか?


 支援金の蓄えは少しになっていますが、毎月の給食支援費を欠かさず送金できて感謝しています。シスター吉田からは、「多目的支援はできる時で結構です。今、期待して待っているのは医療支援です。」とのメールをいただきました。4月には給食+医療支援費を送金できることを願っています。

  シスター白幡は2月9日に東京医療センターで右膝の手術を受け、リハビリを続けておられます。シエラレオネに戻れることを願って、厳しいに痛みに耐えておられます。3月6日には、リハビリ専門の「世田谷記念病院」に転院するそうです。


 
毎朝、静かな祈りをもって一日が始まる。
                           

 シスター吉田はお元気で多忙な日々を過ごしておられるようです。
 2月中にルンサを訪問して帰国された本杉さんが、写真を沢山送ってくださいました。そのうちの何枚かを会報に先駆けて掲載させていただきます。                (菅野 勝治郎)
  
 



     すし詰め学級という言葉は、日本では聞かれなくなって久しい。


 
ポーズを決めているのは兄妹だろうか?この笑顔を持ち続けて欲しい。
 
 
 
 
 
 

シスター白幡は29日に東京医療センターで右膝の手術を受け、リハビリを続けておられます。シエラレオネに戻れることを願って、厳しいに痛みに耐えておられます。36日には、リハビリ専門の「世田谷記念病院」に転院するそうです。                           シスター吉田はお元気で多忙な日々を過ごしておられるようです。2月中にルンサを訪問して帰国された本杉さんが、写真を沢山送ってくださいました。会報に先がけ、何枚か紹介いたします。 

シスター白幡は29日に東京医療センターで右膝の手術を受け、リハビリを続けておられます。シエラレオネに戻れることを願って、厳しいに痛みに耐えておられます。36日には、リハビリ専門の「世田谷記念病院」に転院するそうです。                           シスター吉田はお元気で多忙な日々を過ごしておられるようです。2月中にルンサを訪問して帰国された本杉さんが、写真を沢山送ってくださいました。会報に先がけ、何枚か紹介いたします。 



















シスター白幡は29日に東京医療センターで右膝の手術を受け、リハビリを続けておられます。シエラレオネに戻れることを願って、厳しいに痛みに耐えておられます。36日には、リハビリ専門の「世田谷記念病院」に転院するそうです。                           シスター吉田はお元気で多忙な日々を過ごしておられるようです。2月中にルンサを訪問して帰国された本杉さんが、写真を沢山送ってくださいました。会報に先がけ、何枚か紹介いたします。 

2017年1月27日金曜日

近況報告・シスター白幡のこと

    1月も恵みの内に過ぎようとしています。2月2日には、2月分の送金として、OLG学園の給食支援費に加えてRC男子校の給食支援費も送金できることになりました。多くの教会や学校からクリスマス献金として支援金をお寄せいただきました。本当にありがとうございました。

    膝痛の治療のために一時帰国してリハビリを続けておられるシスター白幡から、下記のメールをいただきました。膝の手術の成功を、支援者の皆さまにも祈っていただきたいと考え、シスターの了解を得て紹介させていただきます。  
         (菅野勝治郎)




 
<2017年1月16日>
    2月9日に東京医療センター病院で右膝の手術をすることになりました。今通っている先生の紹介してくださった病院の整形外科です。レントゲンだけではよく分からなかったのですが、MRIをとりましたら、やはり手術が必要と分かったそうです。
   3週間だけですし、修道院からも近いので助かります。内科ではないので、刺繍をする時間も、祈る時間も、クラシックの音楽を聴く時間もたくさん取れると思います。
    今さらながらシスター根岸のことが思い出されます。彼女と一緒に入会して一緒に誓願を立てたシスターは3人でしたが、2人亡くなって今一人残ったシスターベルナデッタ松本が、2月11日に修道誓願50周年をお祝いします。今、シスター根岸がおられないのが残念でなりません。


    皆さんがお祈りしていてくださるから、何の心配もなく手術に臨めます。3週間なんてすぐに過ぎますよね。
わたしのためにもお祈りください。
ではまた、お祈りのうちに。
                      シスター白幡和子